読書と私

本(図書館)と私

 小学校時代に、留守がちであった父よりジュール・ベルヌの「海底二万里」をプレゼントされたことから「私の読書歴」は始まります。

ほぼ同時期に、家の近所に児童館が開設され、そこの図書室に通いつめて、

「怪盗ルパン」「名探偵ホームズ」「怪人二十面相」などを読み漁る毎日。

 そんなに本が好きならと、母が連れて行っくれたのが、石井桃子さん(素晴らしい人だということは後になって知りました)という人が始められた「かつら文庫」でした。

ここでは、岩波書店の少年文庫にハマりました。

これも後になってわかったことですが、お兄様とご一緒に来ていた可愛らしい人が、どうやら阿川佐和子さんだったらしいです。

 中学校時代は、だいぶ背伸びをした読書生活でした。

読書の質はともかく、読書の量が多く、またビートルズとの出会いもあり、レコードも買わなくてはならず、お小遣いではまかないきれなかったので、

自然と図書館に足がむくようになったのは必然でした。

 高校時代は、文字通りの「乱読」でした。

 大学生活は、入学前に父が他界した影響もあり、テニスサークルとアルバイトの日々でしたので、ここも読書遍歴の記憶は曖昧です。

 社会人になる時に、父がすでにいませんでしたので、キングスレイ・ウォードの「ビジネスマンのより息子への30通の手紙」を読んで、立派なビジネスマンになろうと思いました。

 サラリーマン時代のことは他項に譲ります。

 ベンチャー企業の創業時には、貪るように「経営」とはなんだろうか、「組織」はどう作ればよいのだろうか、などビジネス書を読み漁りました。

読書が習慣になっていて、本当に助かりました。

 そして、ベンチャー企業の経営に失敗し、仕事も仲間も失った私は、再起のために再度図書館に通い始めます。

これからどうすれば良いのだろうと自問する日々の中で、図書館の蔵書の背表紙に助けを求める日々でした。

 サミュエル・スマイルズの「自助論」を読んだのもこの時期です。

セレンディピティを感じる毎日でした。

自分が何のために生まれてきたのか、定めは何か、ミッションはなんだろうかとの自問に、答えを導いてくれたのは読書するということと、それを可能にする図書館という空間でした。

 本(図書館)には感謝しても、しきれません。

今も、この文章は図書館で綴っています。

読書は素晴らしい習慣です。

今もなお、新たな「気づき」があります。